

─ 高校生の頃からお好きだったという印象派の絵は「光」の表現が大きな特徴といわれていますね。かくたさんの光へのこだわりの原点はそこにあるのでしょうか。
そうかもしれません。
モネとか有名なものしか知らないんですが、あの(印象派の)世界観が好きで、色彩とかにも興味があって。
祖父が油絵を描いていたし、親も絵が好きだったので、写真よりむしろ絵に影響を受けたかなっていうのもありますし。
わたし、モノクロの写真は全然撮らないんです。
色がすごく好きで、100色ある色鉛筆なんて、見ているだけで「ああ、この色こんな名前なんだ」なんてうれしくなっちゃうくらい(笑)。
なかでも曖昧な色に興味があって、そういう色がもつ階調やトーンが気になるんです。
そのせいか、自然光で撮ることにこだわるようになり、光をよく見るようになって、改めてモネやマネといった印象派の絵を見たら、描かれている光(の色調やトーン)がすごく現実的なことに気づいたんです。
夕暮れの低い角度からの光だから、これくらいのやわらかさになって、影はこんな風についている、って。
絵だから、自分でぜんぶ操作ができるのに、まるで写真みたいにちゃんと光が当たっている。それを見ていたら、わたしはこういうのが好きで、こういう光で撮りたいんだっていうのがわかってきて・・・。一時期、西日ばっかり撮っていたこともあります(笑)。

光は本当に全部に影響してくるんですね。
日の当たる方向だけで、あるいはその影のつき方ひとつで、コントラストとか全部変わってしまう。色味も微妙に濃淡がついたり変化するので、こういう色に仕上げたかったのにがんばってコントロールしてもそうならなかったのは撮影のときにこっちの向きから撮っていたからだな、なんて思ったり。
でも、それだけじゃだめなんです。光の感じももちろんですが、「撮りたい」って感じるものとの出合い、状況・・・自分の中にあるいくつもの「いい」ってポイントをクリアしていないと、そのときは「あっ」と思って撮っても、あとでシートにしたとき(小さく試し焼きしたとき)にいいと思えない。
全部の要素が重なっていないと、大きくプリントして人に見せようとは思わないんです。
だから、光は一番大事にしてはいるけれど、それだけでなく、自分の中にある“撮るポイント”を考えながらいつも撮影していますね。



─ 今までに撮影に行かれて印象的だった場所、出来事は?
とくに印象的なのは2回あります。
ひとつはフィンランドで、現地でアテンドしてくれた方のサマーハウスに行ったとき。フィンランドの人は(サマーハウスにある)サウナに入って、熱くなったら前の湖にドボンと入って身体を冷ますんだよっていわれて、せっかく来たんだからとわたしもやったんです。
プライベート湖みたいな感じで誰も見てないから平気よ、ってサウナも裸でそのまま湖へも裸で。
開放感たっぷりにそのまま桟橋で寝転がって(身体を)冷ましていたんですが、それがすごく気持ちよくて。ぼーっとして、なんだか脳みそが思考停止している感じになっていたんです。そうしたら、ちょうど夕日になって雲の感じとかも変わってきて。
(それを見て)急に「ああ、気持ちいい。けど撮らなきゃ」って。
サウナに入る前もふつうに桟橋から風景は撮っていたんですけど、裸のまま、たしかタオル巻いたくらいで必死に撮ってましたね(笑)。

もうひとつは、以前からテーマ撮りしている「気球」を撮るために、アルバカーキというアメリカのニューメキシコ州にある町へ行ったとき。
同じニューメキシコ州にホワイトサンズっていう白い砂漠(※ニューメキシコ州にある白い大砂丘地帯。アメリカ合衆国国定記念物に指定されている)があるのを知って、「ああ、ここに行きたい」って思ったんです。
でも、そのときお世話になっていたのが友達の友達という初対面の人だったし、しかもそこは滞在していた町から車で片道5時間もかかるところだって聞いてすっかりあきらめていたんですね。
そうしたら、その子のほうから「たぶんこういうところ好きだと思うけど、行ってみる?」って言ってくれて。
ところが当日の朝、車が故障して、出発が予定より3時間くらい遅れたんです。結局着いたのがもう午後3時くらい。でも、そのおかげで「それじゃせっかくだから夕日まで」って、昼には帰る予定が空の色が変わっていく時間までいることができて。
そうしたら偶然、夕日を待っているときに虹が出たんですよ。うっすらなんですけど。こっちは晴れているけれど、向こうに雨雲があって虹が出てるっていう状況で、サラサラの砂の上に寝転んで夕日を待ってて・・・。
「ああ、なんかまた極楽みたいなとこに来た」、と(笑)。
「フィンランドのときと同じだな。脳みそがあんまり回らないな」なんて思いながら、「でも撮らなきゃ」って気持を振りしぼって撮りました。
自分でここ行こう、あそこ行こうってがっちり決めて、撮りたいところやものを撮るのももちろん満足するんですけど、こうやって人が導いてくれたり、たまたま連れていってもらえたり、そういうときにいいものに出合ったりすることがけっこうありますね。
だから、もうずっと撮りっぱなしというか、どこか知らない土地に行くといつでも撮れるように目を光らせてます(笑)。



─ かくたさんにとって写真とは?
なんだろう。・・・すべてですね。
撮っていないときでも、写真のことはなんらか頭の片隅にあるし、仕事も趣味も撮ることなので、本当にもう寝ているとき以外はずっと写真。まさかここまで(写真と)一体化できるとは思ってなかったですが(笑)。
職業的にカメラマンといっても、仕事以外撮りませんっていう人や仕事ではなく作家として撮りますっていう人、いろいろいると思うんですが、わたしはその両方をやりたいと最初に思ったんです。師匠がまさにそういう人。仕事としても撮るし、作品撮りもしている。だからその人についたんですが、とにかく熱い師匠だったので、写真に対する考え方なんかの影響もすごく大きくて。
アシスタント時代に、「寝てる時間も夢に出るくらい、100%写真漬けにならないとカメラマンにはなれないよ」って教えられ、そのまま今があるっていう感じですね(笑)。

─ 写真を通して、こういうことを伝えたい、こういう人に見てもらいたいといったことはありますか?
こういう人に見てもらいたいっていうのはとくになくて、だれでも見てもらえればうれしいって感じで(笑)。
この世界観を打ち出したいとか、この思いをみてくださいっていうのもないですね。
それよりも・・・花ならやがて枯れる、町ならだんだん色あせていく、そういう経年変化ってどんなものにもあると思うんです。
(それを)美しいと感じられる感覚があって、その美しさに気づいた時に、「直感」で撮りたい。
そうやって撮ったものを見た人が「ああ、きれいだね」って単純に思ってくれれば、それでいい、と。
ただ、そうするとすごくきれいなところに行ったとき、「本当はもう肉眼でずっと見て味わっていたいけど撮らなきゃ」っていうのがちょっと辛かったりしますけど(笑)。




やっぱり光の向きかな。
撮りたいものがあったとして、こっちから撮るのと向こうから撮るのでは、同じ場所で同じ光が入ってきていても、違って見えますよね。
斜めの光が当たっているのか、逆光なのか、順光なのか、光の向きで被写体の質感が全然違ってくるんです。
だから、まず自分が好きな光の方向や質感を覚えることが、一番。
わたしはコントラストの弱いほうが好きなので、朝夕の低い日ざしの時間帯が一番好きですね。
雨の日や曇りの日もやわらかく撮れるので嫌いではないです。
とにかく、いろいろな光の向きを試して、ご自身がいいと感じる光のバランスを見つけてください。


1977年三重県鈴鹿市生まれ。日本デザイナー学院グラフィックデザイン科名古屋校卒業。 1999年に上京し、studioLOFTスタジオマンを経て、写真家小林幹幸に師事後、独立。
現在、雑誌・CDジャケット・広告などにてポートレート、風景を中心に活動中。
2008年1月、ギャラリーRocketにてグループ展、9月「カイくん写真展開催」。2009年には初写真集「あふるる」を出版。写真集とノートを合体させたNOTE BOOKシリーズなど画期的な作品も手掛けている。
ほかに、著書としてデジタルカメラ・トイカメラでの犬の撮り方「Dog Photographer」(翔泳社)、「ふんわりかわいい写真の撮り方ノート」(インプレスジャパン)など。
公式サイト http://www.mihokakuta.com/
※平成24年10月1日現在の情報です。















