| テレビ部で5年に渡って、テレビというメディアを駆使しての物売り経験を重ねてきた田辺は、2000年12月にインターネット部への異動という転機を迎える。時には3億円を超える売上げを上げていた『出たMONO勝負』から、『東京天使』という人気番組に関わってきた田辺の目は、その異動直前、コレクション・アイテムに向かっていた。 |
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テレビ部の日比野というパートナーを得て、自身はインターネットにフィールドを移しながら、彼はそれまでのテレビ部での経験と知識、そして取引先を日比野に譲り渡す。スターウォーズで言えば、ヨーダ=田辺、ルーク=日比野という関係である。
カタログ業務部から最初のキャリアをスタートした日比野は、テレビ部に移り番組制作に取り組み始めていた。まったく何もわからないまま、がむしゃらに番組づくりにいそしむ彼に、田辺は部署という壁を越えて“売ること”と“売り方”とを伝授していったのだ。
『ガンダム』はいけるかもしれない…一見何の共通項もないように感じられる2人の、それがそもそもの接点だった。それを確かめるべく、2人でガンダム・ファン向けの大イベント、『C3PRE』に飛び込みで出席。2001年8月のことだった。盛況を博するイベントの中でも、ひときわ人だかりの目立つバンダイのブース。
そこに『そいつ』はいた。
『量産型ザク』、198,000円。
一度見たらファンでなくても目を奪われるインパクト。イベント限定で1日120体を売り上げたお化け商品である。 「これを私たちに売らせてください」
田辺と日比野は躊躇なくバンダイの担当者に思いを伝える。12月に『シャア専用ザク』の発売を控えていたバンダイは2人の依頼を快諾、一般販売に先駆け、日比野の担当するテレビ番組での『ザク』販売許可を得る。
「担当の方とのご縁に恵まれたんです」と、まるでまぐれ当たりかのように田辺は言うが、いざやるとなれば“売るプロ”として、低くない目標を掲げて挑んでいくのがこの2人。その勢いは飛び込みでバンダイから販売許可を得ることから始まって、トントン拍子にさらなる良い流れを生み、目標の達成に向かって進んでいく。
「20体くらいでよろしいですか」というバンダイ側の申し出に対して、彼ら2人が答えた目標はその5倍、100体であった。いくらイベントで1日120体売れたと言っても、不特定多数に向けたマス媒体であるテレビで、果たしてそんなに売れるのか……周囲の不安や懸念をよそに、田辺と日比野は着々と“売る準備”を進めていく。
ホビー系専門誌『電撃ホビー』編集長の厚意により、番組放映直前という最高のタイミングで、カラー2ページに渡る番組予告の協力を得る。これは全くの無償で行われた。さらに、バンダイのガンダム・ファン向けウエブサイトでも積極的に番組の告知を仕掛ける。テレビのマス・パワーと、専門誌、ファンサイトという“どんぴしゃりのターゲット”に向けた訴求の融合が無理なく自然に実現されるべく、願ってもない周囲からの支援が集まってきた。無論、その裏で彼ら2人はフジテレビや番組出演タレントなどとの細かな調整に奔走した。
放映後、果たして結果は…248,000円の『ザク』100体、完売であった。
ともすれば番組の話題づくりだけに終わりかねないこの企画を、“売る”という会社にとっての使命に合致させることも忘れなかった。これぞまさに本当の成功と呼んでよいだろう。
「情報は待っているだけでは手に入らないので、まず“現場”に行って、実際に商品を見て触れて確かめる。そして“こんなものがあったらいいな”というファン心理をつかむことです」
田辺が控えめに告げると、その隣で日比野が頷く。
「まあ、いつもヒット連発ってわけはもちろんなくて、全然売れなかったという失敗作もホント多いですから」と落とすのも忘れない。
もちろん、『ザク』のヒットが会社にもたらしたのは売上げ数字だけではない。新たな取引先との信頼関係、新たな顧客、そして自分たち以外の多くの社員に、こういうこともウチでできるんだ、という“次のチャレンジにつながる流れ”をつくった意義も大きいだろう。
「次の挑戦は何ですか」というこちらの質問に、2人の口を開かせることはできなかった。が、テレビというメディアの“最初の感動を伝える力”とスピード感に、インターネットの強みである“いつでも好きな時にお客様のペースで注文を受けられる”という特性を組み合わせる方法、それに加えて自社以外のメディアを巻き込む術を覚えたこの2人のタッグが、新たな企みを実現させる日もそう遠くはないだろう。
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